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台湾の天才 閣僚に入る!

台湾の面白い話

中卒で性転換者、台湾「異例の新閣僚」の正体

東洋経済オンライン 

 

 20161月の総統選挙に勝利し、8年ぶりに政権交代を果たした台湾の蔡英文政権。5月の総統就任から3カ月経った現在、異例中の異例の人事を行い、話題となっている。825日、台湾の行政院(内閣)の政務委員に、有名なプログラマーであり社会運動家である唐鳳氏(35)が就任することが明らかになったのだ。
 政務委員とは、日本で言えば閣僚級の職務。既存省庁のトップではないが、特定分野の業務を推進する必要性がある際に、省庁横断的な部署を置き、政務委員を任命することがある。今回、唐氏に与えられる肩書きは「デジタル総括政務委員」だ。

■ 歴代閣僚の歴史で3つの“史上初”

 唐氏の就任は10月だが、台湾社会ではこの人事の話題に沸いている。そうなるだけの十分な理由がある。唐氏は歴代閣僚の歴史を、二重、三重にも塗り替えたためだ。

 唐氏が10月に就任すれば、閣僚としては史上最年少、そして初の中卒閣僚、さらには男性から女性へと性転換した初のトランスジェンダー閣僚になるのだ。

 自らのフェイスブックで入閣することを発表した唐氏は「デジタル技術とそのシステムで政府を助け、問題を解決し、一般市民が利用しているデジタル科学技術で市民と政府を連結させたい。そうすることで、市民共同体の中のコミュニケーションを促進、強化する」とさっそく抱負を述べている。

 さらに、「自分の仕事は、特定集団のみを代表したり、政府のために政策広報を行うのではなく、社会の通路になってより多くのアイデアと力をより固く結合させること」とも記した。

なぜ唐鳳氏が任命されたのか?

 日本の首相に当たる行政院の林全院長は「唐氏の役割は、これまでの政務委員とはちょっと違う。各部署が政策に関して対外的なコミュニケーションを行えるプラットフォームをつくり、民間が政府の情報を十分に利用できるようにして産業界でイノベーションを生みだすこと」と説明している。政府が国民との対話やコミュニケーションだけでなく、情報公開と情報技術を通じて産業構造の改革を行うための人物が、まさしく唐氏だということだ。

 林行政院長は当初、唐氏に「ITとインターネット分野でよい人材を推薦してほしい」と相談していたという。ところが、唐氏に相談するのではなく、唐氏こそがその最適任者として多くの人から言われて唐氏に要請、これを受け入れたという話だ。

■ 破格の人事で政権浮揚も

 唐氏の政務委員任命は、蔡英文政権にとって政権の起爆剤にもなったかもしれない。

 蔡英文政権は若い世代から圧倒的な支持を得て、今年1月の総統選挙に勝利。就任後、前の国民党政権が推進した高等学校の歴史教科書とその編集綱領の修正案を撤廃し、また国民党がこれまで不当に蓄財していた財産(党産)を没収する姿勢を見せた。これらは若い世代にとって関心が高いイシューでもあり、蔡英文政権への支持を高めた。

 ところが、閣僚人事に対しては「旧態依然とした選び方」「適任者を選んでいない」といった批判が集中した。実際に、閣僚の平均年齢は62歳、37人のうち女性はわずか4人という人事案は、初の女性総統なのにこの程度かと、支持勢力をがっかりさせた。そのような中での唐氏任命は、若い世代の内閣支持に肯定的に作用したと評価されている。

 では、唐鳳氏はどのような人物なのか。

 

どのような人物なのか?

 唐氏の両親はともに新聞記者出身。本人のIQ(知能指数)180と天才級だ。8歳からコンピュータプログラミングに関心を持っていたことは有名な話。同年齢の子どもより早熟で、能力も早く向上したため、かえって学校の授業についていけなかったという。

 唐氏の両親と同僚だったある記者は「子どもの時から唐氏はほかの子どもとの差が大きく、いじめにも遭っていた。学校に適応できず、当時の教育体制ではこれほどの天才を受容できなかった。そのため、両親も学校に頼らない独学による教育を研究し、『自分で勉強する』という子どもの言い分を支持した」と語る。

■ アップルのコンサルタントだったことも

 結局、唐氏は14歳の時に中学校を離れ、独学を選択した。中学校は実際には卒業できず、高等学校と大学にも入学できなかった。

 だが、天才はやはり天才。1990年代半ばからコンピュータを独学してきた唐氏は、わずか16歳で起業し、プログラミング言語「Perl(パール)」など世界的に使われているオープンソースのプラグラミング言語の発展に寄与したことで、IT産業では誰もが注目する天才として認められた。その後、台湾内外のIT企業の顧問として活動し、米アップル社のコンサルタントとしても働いている。

 唐氏は、産業界にのみ関心があったわけではない。彼の最大の関心事の一つは、政府と情報のあり方だ。政府が持つ情報に誰もがアクセスできるようにした「開かれた政府」(open government)は、彼の実績のひとつだ。台湾では長期間、政府の情報に対する透明性が高くなかった。政府の情報に普通の国民がアクセスすることが難しく、政府がどのような政策をどう推進・執行するのかを、国民がきちんと監督するには厳しい状況だった。

これを是正するため、唐氏は台湾のIT関係者とともに、デジタル技術で法律や予算、経済統計、政策報告書、聴聞会の中継・録画・記録、公務員の海外出張内訳、国会議員の質疑内容など各種資料を整理したうえで「見える化」をして、インターネットで公開し続けてきた。彼らが作った「開かれた政府」のウェブサイトを通じて、国民は各種情報を閲覧できるようになった。政府の情報を透明化し、見やすく整理された資料を提供することで、国民が政策について討論する土台をつくり、台湾における民主主義の発展に大きく貢献したと評価されている。 唐氏は2005年に性転換手術を受けた。両親は息子が娘になるという選択に反対せず、むしろ応援した。当時、唐氏の母親は「彼がそうしたいと言うのなら、同意しない理由がない」と述べ、父親も「性転換して今より幸せになれるのなら、妻と一緒に支持する」と応援してくれたという。唐氏自身も「過去、現在、そして未来に、皆さんが私に女性的な呼び方で呼んでくれれば嬉しい」と明らかにしている。

 

台湾国民の反応は?

 彼の閣僚就任に対し、台湾国民の多数が肯定的に受け止めており、また期待する声も多い。性別に対する偏見をそのままにするよりは、人の能力をより重視して任命されたことは事実であり、そのため蔡英文政権や台湾政府が人材活用の幅を広げたという評価もあれば、LGBT(男性・女性の同性愛者や両性愛者、性転換者の性的少数者を指す)など社会的マイノリティーに対する差別が少しでも緩和されれば、との期待も高まっている。

公開と透明性は、唐氏がこれまで最も重視してきた原則といえる。入閣を宣言した後にも、これまでインターネットのコミュニケーションサービス「ワイズライク」を通じて、市民とメディアからの質問にひとつずつ答えている。 台湾のデジタル産業が今後も持続的な発展を遂げるためには、政府と民間がどのような役割を果たすべきかという質問に対し、唐氏は「民間のデジタル産業において、事業者それぞれが具体的な目標を自ら設定すべきだし、同時に政府は、社会内の各種ネットワーク、すなわち一般市民や政界、学生運動らなどが情報提供と対話を定期的に、かつ活発に行えるように手助けすることだ」と答えている。

 ただし唐氏は「デジタル偏重」の考えを持っているわけではない。

 高齢者層にはデジタル技術が浸透しづらく、パソコンの操作がいまだに苦手な人も少なくはない。そのため、「世代間のコミュニケーションや社会参画を促進するためには、高齢者層のデジタルコミュニケーション術が必要ではないか」との提案について、唐氏は「言葉、表情、ボディランゲージ、文章など、オフラインでまず高齢者とコミュニケーションをし、それを助けること。この過程でデジタル化を少しずつ進め、高齢者が積極的にデジタル技術を使えるようにすべきでは」と答えている。

■ 政治の世界で能力が生かされるのか

 今回の異例の人事については、憂慮する声もないわけではない。自由で個人的な行動をとる唐氏が、官僚機構という巨大な組織で埋没してしまわないかと心配する声があるのは事実だ。また、政界や政治において、唐氏自身が持つ理想を上手に実現させることができるのかについて、悲観的な見方も少なくはない。

 こうした見方をよそに唐氏本人は至ってマイペースのようだ。自分が信ずるところは「保守的な無政府主義」と唐氏は言う。この場合の無政府主義とは、「自由な個人が自発的に集まって互いを助け、自治を行い、反独裁的な社会でともに生きていくこと」だと紹介、そのためには「政府が私の構想を採用するときまで、継続して問題の解決のためによりよい対策を打ち出していく」と述べている。

 しばらく彼の一挙手一投足に注目が集まることになりそうだ。